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ハッスル通信

「ハッスルと私」ザ・グレート・サスケインタビュー

2010年1月29日

『ハッスル』史上、最大の混乱ぶりを演じてしまった2009年が終わり、年があけて2010年。活動休止なのか、停止なのか、はたまたまもなく再開なのか……?
いまだなんのアナウンスもないまま、ただ時が過ぎて行くなか、『ハッスル』とゆかりがあり、東北の地でつねにハッスルしまくっている男、みちのくプロレス代表のザ・グレート・サスケに『ハッスル』とはなんだったのか?(なんなのか?)を聞いてみた。


「私とは目指すものが全然違いましたよね」

──さっそくですが、サスケさんにとって『ハッスル』とはなんだったのでしょうか?
サスケ 「ファイティング・オペラ」ですね(キッパリ)。
──なるほど。
サスケ それと、また別の表現をすると、「壮大なる実験の場」ですね。
──公式サイトに載ってそうな文言ですね(笑)。
サスケ ええ(笑)。でも、本当にプロレスが劇団四季みたいな方向に向かって行くのかっていう、そういう意味では凄く大きな可能性を秘めているなと感じていましたね。
──それは『ハッスル』がスタートした当初あたりからですか?
サスケ うん、当初から。あとは、私が初めて『ハッスル』さんからオファーをもらって上がらせたもらった時とか、まだ小川(直也)さんがいた時にも感じましたね。それと、映画『カンフー・ハッスル』のプロモーションの絡みで出させてもらったりとか、いろんなジャンルとコラボしていってましたけど、そういう、本来であればプロレス界全体がもっともっと力を入れるべきところを『ハッスル』はしっかりやっていたなっていう印象ですね。なおかつ、リング上では壮大なる実験の場であったっていう。リング外の部分では、老舗のプロレス団体がもっともっと力を入れるべきところなのにやっていなかった部分を上手くやってくれたってことですよね。だから、芸能人を呼んだりとかもそのひとつだと思うし。そういう意味では、プロレス界の隙間を突いたんじゃないですかね? 隙間を突きつつも、新しいフィールドを作っちゃったっていうことですよね。そういう意味では素晴らしいと思いますよ。
──『ハッスル』の山口日昇社長とは、昔から親友みたいなご関係ですよね?
サスケ そう、親友みたいなもんですね。だから、私が初めて『ハッスル』に出た時、山口社長と挨拶した際の山口社長の第一声が、「いや〜、サスケ社長。社長と昔、映画を撮ったりして遊んでいたことを、まさに今やってますよぉ!」というものだったんですよ。それを聞いて、なんか嬉しかったですねぇ。いよいよそれが本格的に仕事として、山口社長のライフワークになったんだなあっていう。そして、『ハッスル』の社長という立場になりながら、あの時の頃を忘れてなかったんだ、覚えてくれてたんだなっていう。それはもう嬉しかったですねぇ。
──その以前一緒に遊んでいた頃のお二人の関係っていうのは、いちマスコミといちレスラーという立ち位置でお付き合いをされていたと思うんですけど。
サスケ ええ、そのとおりですよ。
──それがのちに山口社長が『ハッスル』の代表になったということで、それからは団体運営だったりプロレスのソフトの作り方みたいな部分のお話を二人でされることってあったんですか?
サスケ いや、それはなかったですねぇ。やっぱり私は単なるローカルプロレスのレスラーであって、主催者ですから。それが一方の山口社長のほうは、目指すはWWEか、はたまた劇団四季かっていうお人でしょう?
──それ、もしかして悪口ですか……?
サスケ いやいやいやいや! 何をおっしゃいますやら、もう! ウフフフフ(笑)。山口社長はそういうところを目指していたんで、私とでは目指すものが全然違いましたからね。
──どっちが上か下かとかじゃないんですね。
サスケ そうそう。だからお互いに目指してるものが違うんで、相談することもなかったし、特に話をすることもなかったですね。でも、なんかその、素敵な空間でしたよね、『ハッスル』の会場って。「でしたよね」って過去形で語るのは悲しいんですけどね。
──山口社長は再開に向けて動いてるみたいですけどね。
サスケ おお、素晴らしいですねぇ! まだまだハッスルしますかぁ。ほほお〜。
──まるで気持ちがこもってませんね(笑)。
サスケ いやいやいやいやいや! ウフフフフ(笑)。本当にそのー、和泉元彌さんが出たあたりとか、あの頃から凄かったんじゃないですか? あそこから『ハッスル』が一気に凄くなりましたよね。私が『カンフー・ハッスル』とのコラボで後楽園に出た時の会場の熱も凄かったですよ。あの後楽園の熱気っていうのは、他のプロレス団体にはない空気でしたよね。凄く熱い空間でしたねぇ。あれはカルチャーショックでした。今までいろんな団体に出てきましたけど、どこの団体とも違うっていう。なんか、ハッスル独自の客層を作り上げたってことになりますよね。そこは凄いなって思いましたね。
──いちレスラーとして、サスケさんの『ハッスル』での思い出を教えてください。
サスケ そうですねぇ、いろいろありすぎてるんですけど。まず、『ハッスル』の仙台初上陸。おそらくそれが最初で最後の仙台だったかもしれないけど、その『ハッスル』仙台大会(『ハッスル17』2006.5.13/仙台市体育館)に出させてもらいましたが、あの大会が印象的でしたね。私と小川さんとHGがトリオを組んで、白使、あとはアン・ジョーさんと、他の誰か(※ゴモラ)と闘ったんですよ。地方会場なのにやけにお客さんが入ってましたね。それとあと青森。なぜか『ハッスル』は青森大会(『ハッスル13』2005.10.30/青森産業会館)をやってたんですねぇ。なぜか唐突に、なんの脈絡もなく(笑)。あの青森大会が、いまだに青森市民の間では伝説になってるらしいですよ。
──伝説になってるんですか?
サスケ ええ。青森市民が、自分たちでも驚いてるみたいですね。「なんで青森なのにあんなに人が入ったんだろう?」って(笑)。超満員だったらしいんですよ。いわゆる幕張メッセ的な、産業展示場的な、だだっ広い会場ってあるじゃないですか。まさに青森にあるそういう会場でやったんですけど、青森ビッグパレットっていう(※正しくは青森産業会館。ビッグパレットは福島にある会場)。そんなだだっ広い会場に隙間なくお客さんが入ったっていうところに、当時の『ハッスル』のパワーは凄いなあっていう、ビックリしたよね。あとは、やっぱりいつも思い出しているのは、池谷銀牙さんとのコンビですよねぇ。それが凄く印象に残ってますよね。池谷さんがプロレスデビューをされて。
──サスケさんがコーチをされたんですよね?
サスケ そうですね。「ああしよう、こうしよう」って二人で考えながらね。新技を開発したりとか。あの一連の池谷さんとのタッグは、なんか思い出しますよねぇ。
──あと、比較的新しいところでは、サスケさんがちょっと世間をお賑やかしになられた時期があって。
サスケ ええ、写メ事件の。
──その禊ぎという形で『ハッスル』からオファーがあったっていう。
サスケ だから池谷さんとのタッグが自然消滅して、「もうオファーはかからないんだろうなあ」って思ってた矢先にオファーがあって、「禊ぎマッチをやりましょう」っていうことになって。でも、あの試合はなにか私の体がついていかなかったですねぇ。体調が悪いわけじゃなかったんですけど、なにかこう磁場が狂ったっていう。「禊ぎマッチ」というテーマ付けが、私にとっては良くなかったのかもしれないですね。
──それは禊ぎをするつもりがさらさらなかったからですか?
サスケ いやいやいや、そんなことはないですよお、ウフフフフ(笑)。なにかが自分の中で違ってたのかなあ? ちょっと不思議な感覚でしたね。で、結局、技を自爆して全身がしびれちゃって、そのしびれてる身体で試合後にロビーで記念撮影会をやったんですけど。
──そんな状態で写メ撮り放題をされてたんですね。
サスケ そうそう(笑)。その時に、あれだけの事件を起こしたあとなのに、お客さんが温かい目線で写真を撮ってくれたっていうのが嬉しかったですね。大勢の皆さんに取り囲んでもらって。
──『ハッスル』ファンに救われたという。
サスケ そうですね。本当に救われましたねぇ。
──それで今回、サスケさんがおっしゃるところの「壮大なる実験の場」が活動休止みたいな状態になってるわけなんですが、その原因っていうのは、なんなんでしょうか?
サスケ これは明らかですよ(キッパリ)。
──お願いします。
サスケ でも、これ言っちゃっていいのかなあ……。

「『ハッスル』とは岩手競馬である」

サスケ 私はけっして『ハッスル』が失敗したとは思ってないんですよ。やり方によっては、いくらでもまだまだできるのにって思ってるんですね。それで、私は、「『ハッスル』とは岩手競馬である」って言ってるわけですが。
──『ハッスル』とは岩手競馬である、ですか。
サスケ そう。つまり、岩手競馬って、私が岩手県議会議員の現職時代に、赤字体質で立ち行かなくなって存亡の危機に立たされてたんですね。もっぱら議会でも「そんな競馬場は潰してしまえ」っていうノリだったんですよ。でも、私はその時に存続派に回ってたんですよ。なんでかって言うと、絶対に岩手競馬というのはビジネスとして成り立つんですよ! 今でも1万数千人のファンが生で観に来ていて、馬券を買ってるんですよ? なのにやめる必要はないじゃないかっていう。なのに、赤字体質はなぜなんだって言うと、結局は天下り先になっていて、人件費でもうアップアップしてるんですよね。
──ほ〜お。
サスケ だから、そんな余剰人員を抱えてるからダメなんだっていう。単純に、競馬ファンが馬券を買って楽しんで、そこから配当金で、賞金で、ってそれだけでも十分に成り立つんだよね。それと一緒ですよ、『ハッスル』は。
──構造が一緒なわけですね。
サスケ まったく一緒ですよ。それは決してスタッフが多すぎたとかそういうことじゃなくて。
──ましてや、レスラーの天下り先とかそういうことでもないですよね?
サスケ ええ。(小声で)あのね、レスラーのギャラ設定が高かったんだと思うんですよ……。
──うむむむむ! サスケさんはレスラーですから、その辺はご存知だと思うんですけど、ギャラ設定が高かったですか?
サスケ これがねぇ、なかなか良かったんですよぉ(笑)。まあ、さっきスタッフが多かったからでもなくって言っちゃったけど、やっぱりスタッフの数は多かったと思いますよ。
──他の団体と比べてですか?
サスケ うん、そう。だから、やっぱり余剰人員と、高すぎる人件費。そのことだけだと思うんですよ。そこをクリアして乗り切れば、いくらでも存続できるのにって思いますよ。
──しかし、よくファンの方が言う『ハッスル』の魅力っていうのは、大会場での大掛かりなセットでやるメガイベントみたいなものが『ハッスル』の醍醐味だみたいな声も多いんですよね。その辺との折り合いというのはどうなんですか?
サスケ 折り合いは全然付くと思いますよ、うん。それでも「ちょっと人件費が掛かり過ぎてるんじゃない?」っていうのは感じてましたよ、私は。
──余分な物が多すぎたんですかね。
サスケ そう思いますねぇ。あとは、レスラーのギャラを10分の1ぐらいにしてもいいと思いますよ。
──10分の1ですか! じゃあ以前のギャラの10分の1の金額で山口社長からオファーがあったら、サスケさんは受けると?
サスケ ギャラなんてなんだってどうだっていいんですよ、私たちは親友ですから(笑)。
──ちなみに最近、山口社長と連絡は取られました?
サスケ いや、去年の終わりぐらいに一度電話があったぐらいですよね。大変そうな状況ですから、こちらから電話を掛けるようなことはあまりしたくはないし。まあでも、また華々しい『ハッスル』っていうのが、また復活すると思ってますんで。ええ。
──わかりました。では最後に『ハッスル』、そして山口社長にエールを贈っていただければと思うのですが。
サスケ そうですね。岩手競馬も今は再生の真っ最中で頑張ってるんで、『ハッスル』もぜひ再生して欲しいと思いますよね。まあ、猪木さんが昔出した本のタイトルになりますが、『苦しみの中から立ち上がれ!』っていうね。まさにその言葉をそのまま贈りたいですね。
──再生した時には、サスケさんもレスラーとして参戦することも?
サスケ そうですね。オファーがあれば、ぜひね。私は親友ですからね、どうか高すぎないギャラ設定をしていただけたらなと思いますよ。ええ。
──サスケさんみたいに親友じゃない関係のレスラーの人たちは集まりますかね?
サスケ う〜ん、難しいでしょうねぇ。ウフフフフ!(笑)。

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